100414哲学カフェ「人にはあげられないものとは?」

水曜日の中之島哲学コレージュ、哲学カフェ「人にはあげられないものとは?」には、55名ほどの方が参加されました。初めて参加するという方も約半数(何回もやってるのにまだ新たな参加者が生まれてきます。哲学カフェのニーズって、思ったより底が深いなぁ)。

「人にはあげられないもの」の例として、記憶や思い出、人間関係、人生、時間、プライドなどが挙げられ、なぜあげられないのか、「あげたくないけど原理的にはあげられるんじゃないか?」、あげるとはどういうことか、などについて話し合いました。
そんななか今回の議論の要となっていたのが、「時間や人間関係もあげられる」という意見と、「私たちはあらゆるものを共有しているんじゃないか。あげることと共有することはどうちがうのか?」という発言じゃないかなぁ。どちらも賛同を得るというより、これらに他の人が反対したり答えたりすることによって、ずいぶんが思考が刺激され議論全体に奥行きが出たような気がします。


たまに、中之島哲学コレージュの感想として、「少人数グループに分けてほしい」というリクエストをいただきます。たしかにプログラムの内容によってはそうしたほうがいいでしょう。けど、哲学カフェはやっぱり、みんな一緒に考えるのが面白い。特に今回は、強くそう思いました。だって、もしグループ分けしてたらあの議論もあのやりとりもなかったかもしれない。そんなの、もったいない!

少人数には少人数なりの、一つか二つの視点を深く深く掘り下げてゆけるよさがあります。
が、大人数には大人数なりのよさがある。複数の意見や論点が錯綜するなか、「たった一つのテーマにこんなにたくさんの問題がからんでるんだ!」とテーマの広がりを感じられたり、なんとか問題を共有しようとして格闘したり。

特に中之島哲学コレージュに関しては、せっかく会場の立地のおかげで色んな人が集まってくれるんだから。その長所を生かせるといいなと思います。
もちろん、少人数の対話のニーズにはそれにもっと適した会場と内容で応えていくという前提でね。


カフェフィロでは、様々な場所で対話活動を繰り広げています。
関心のある方はぜひ、カフェフィロHPにてチェックしてみてくださいね。
参加者数などもだいたい会場によって決まってるので、事務局に問い合わせればわかると思います。